前回は自己紹介を行わせていただきましたが、今回より本題に入って行きたいと思います。
「国際税務」といいますと、「海外の税金の事だろ。私には関係ない」と思われる方もいると思います。ただこれからお話していく内容は日本の税制の話しとなります。今後海外の税務事例もご紹介していきますが、こちらは「海外税務」として取り扱って行きます。
さて昨年度において日本では、国際課税の分野において、今後の税務政策の方向性を知るうえで大きな税制改正事項がいくつかありました。
一昔前と違い、近年では人、物、金が国境を超えることが容易になり、その動きは益々加速していくものと思われます。
そこで今回はまず、人の動きが国際化すると、税制がどのように変化していくのかという象徴的な事例をご紹介したいと思います。
>出国税(国外転出時課税)について
皆様「出国税」って聞いたことがありますか?初めて聞くという方も多いのではないでしょうか。
「出国税」を簡単に説明しますと、昨年7月1日以降、株式などの有価証券等を合計で1億円以上保有している者が日本から出国する(日本の非居住者となる)場合、出国の時点において、その保有する株式などを譲渡したものとみなして課税しようとする制度です。すなわち、日本を離れる方については、今保有している株券等を売ったものとして、その売却益相当に対して課税するという税制です。(価格は出国日の3か月前の価格で売却したものとされます。)
それ以前は日本非居住者については、株式などを売却して譲渡益が生じた場合については、原則として譲渡した人が居住する国で課税されることになっていました。
しかし最近富裕層の方を中心にした海外移住などの動きが加速しており、これらの方が海外にて保有する株式を売却した場合、日本における課税の対象とはならず、更にはシンガポール、香港、ニュージーランドなどの株式等の売却益に課税が無い国への移住が多いことが、この制度の施行を後押ししたに違いありません。日本では現行株式の売却益には20.315%(復興特別所得税を含む。)の課税がなされますが、シンガポール、香港、ニュージーランドに居住している期間に売却した場合などでは非課税でした。
従って、株式を保有したままこのような非課税国に一時的に移住することによって、日本における税負担を回避するという方も当然いる訳です。これを防止しようとするのが「出国税」の狙いであると考えられます。
しかし業務上の都合で移住する方もいますし、キャピタルゲイン課税が行われる国への移住者もいるわけです。
更には「出国税」については含み益に課税するため、実際には納税資金が無い者に対しても課税することになります。そのため納税資金が不足する事態になることも十分に考えられます。
確かにそのような場合を想定し、延納や納税猶予などの措置が設けられておりますが、このような場合も最大10年までしか納税の猶予は許されていません。
今まで日本では、未実現の含み益に課税をするといった実務は無かっと思いますが、このような税制が施行されたことは、国税当局の課税に対する根本的な考え方が変わったとしか思えません。最近の税制改正では富裕層に対する徴税の強化の傾向が非常に色濃く出ている様に思われます。特に富裕層の方が海外を利用して節税を図るといった流れに対し、かなり神経質になっていると思います。いずれにせよ海外への人の動きの活発化が、この制度を動かすことになったことは間違いありません。
ただこのような制度が、今後日系企業の更なる国際化に対して、足枷になることが懸念されます。たとえば中小企業のオーナーや、その御子息様などが、保有する自社株式の評価額が1億円を超えるといったことは容易にあるはずです。特にその業歴が長く、優良な経営を続けてきた企業においては、自社株の評価額が相当高く、取得金額を遥かに上回るケースが多くあります。その様な会社が海外への事業展開を考える場合、社長自ら、またはその御子息がある程度の期間腰を据えて、海外における子会社を軌道の載せるために移住するといったケースは多々あると思います。今後その様なケースにおいても課税が行われるとなると、「出国税」があるために、社長(その御子息)が海外において長期勤務することが出来ず、海外での事業展開に影響を及ぼすといったことが出てくるはずです。ご子息に対して″ちょっと海外で修行を積んで来い“といったことが、出来にくくなるわけです。
少子高齢化の時代においては、日本企業の国際化を益々進める必要があると思いますが、税制改正の動向もきちんと押さえた上で、長期的な企業戦略を立てる重要性が益々増加しているのではないでしょうか。