さて前回のメルマガでは、フィリピンなどの国においては賃貸物件の個人のオーナーの方などが、自らの得る所得を明らかにしたくないため、公式領収書の提出を要求し、源泉徴収の義務を負う一般企業との取引を嫌がるため、企業としては駐在員用の社宅を借りるのも容易では無いということを書きました。それでは企業側はどのようにしてこの問題を解決しているのでしょうか。
いくつかのパターンがありますので、今回はパターン1を紹介したいと思います。
パターン1:家賃手当として従業員に支給
家賃手当相当額を従業員に支給し、自分でオーナーと契約してもらうというパターンが一番シンプルであり、そのような処理を行う企業も当然あります。会社としては、“金は払うから、あとは自分で何とかしてね”というパターンです。
しかし家賃分の手当てを追加で受け取る場合、個人の所得税が増額し、税額の増加分も加味して手当を貰わない限り、家賃支払後の従業員の手取額が、減ることになります。
手取額を維持するためには、給与支給額を更に増加するなどの対応を考慮しなければいけません。
一般的には家賃手当を給与加算する場合には、どの国においてもその全額が所得税の対象となります。
他方会社の借上社宅については借上額の全額を個人の所得税の対象とするケースは少なく、給与の手取保障をする場合、借上社宅方式の方が会社の負担額が低くなるケースが多いと思われます。そのためシンプルな方法ながらも、住宅手当を給与に上乗せして支給する方法は、あまり採用されていないと思われます。
その一方会社の借上社宅に従業員を住まわせる場合には、国により税法の取り扱いが大きく異なります。
例えば日本では借上社宅については、半額以上の負担を従業員に対してさせれば、賃貸料より従業員負担額を差し引いた部分(会社が実質的に負担する部分)は、従業員の所得とはなりません。例えば10万円の物件を借りるために、全額を住宅手当で個人に渡す場合では、10万円がまるまる所得税の対象となります。しかし10万円の物件を会社が借り、5万円を社員に住宅手当で支払ったうえで、その5万円を会社に対して支払う形にすれば、所得税の対象は5万円で済みます。
またフィリピンでは、借上社宅に駐在員を済ませる場合には、家賃の半額に対して付加給付税(税率32%)という税金がかかります。従業員が借上社宅に住む場合、半分は会社のジネス上の要請に基づくものと考え、残りの半分のみが、個人に対する追加の給付と見做すという理屈に基づいています。この税法で面白いのは、会社と借り上げ住居の距離が至近距離(50メートル以内)である場合には、職場にいつでも駆けつけられる様にという会社の要請によるものと考え、課税対象外といった取り扱いがされています。
例えば年間で200万円の住居を借上社宅として駐在員に与えた場合と、個人給与に上乗せした場合では、借上社宅の場合は、471千円の付加給付税、給与上乗せの場合には、640千円の所得税(税率32%)となります。付加給付税の場合には、100万円の32%ではなく、税引き後で100万円使うには幾ら与える必要があったのかということで、税引き前の金額を計算した上でその額に税率をかけるため、この様な結果となります。やはり給与上乗せの方が負担が大きくなりますね。
更にシンガポールでは2015年度分より改正があり、改正前は住宅家賃以外のすべての課税所得の10%相当または家賃の実額のうち、どちらか小さい方が課税対象となっていました。しかし、改正後は不動産の年間の評価額(Annual Value)が課税所得となります。この評価額IRAS(シンガポールの国税庁)より入手しますが、大体家具無し住居の年間の家賃と同等の金額となります。(ちなみに東南アジアでは家具付きの賃貸物件が多い。)
シンガポールの家賃は、日本と比較しても非常に高額であるため、駐在員の多くは、家賃以外の所得金額の10%を超えるような住居に、会社の借上げで住んでいると思います。
例えば年間1,000万円の所得の方が、年額240万円の借上社宅に住んでも、従来は100万円だけが追加の所得として計算されていましたが、2015年度以降は240万円全額が追加所得と考えられるというような、大きな影響のある改正です。
シンガポールの所得税率も日本と同様に累進課税となっておりますが、例えば80,000SGDから120,000SGDの所得の範囲に適用される12%で計算すると、年額168,000円の所得税増加となります。
シンガポールなどでは、不動産・株式の売却、金利、配当などが非課税のために、多くの富裕層が移住して来た経緯があります。そのため近年ビザの発給が厳しくなるとともに、所得税についても課税強化の方向にあることが伺えます。
日本、フィリピン、シンガポールの3国の例だけを見ても、借上社宅経費に対する税務上の取り扱いが大きく異なりますが、近年のシンガポールの例を除けば、いずれも家賃手当を給与に上乗せして貰うよりも、有利な内容となっています。
前回記載した様に、公式領収書、源泉徴収制度によりオーナーが企業との取引をしたがらずに、やむを得ず社員に対して住宅手当を給与に上乗せするとなれば、社員にとっては所得税負担が増加します。また社員の所得税増加分を会社が補填するといった場合には、会社のコスト増となります。
このようなコスト増を回避するためのパターンについては、次回で説明したいと思います。
いずれにせよ借上社宅の税金一つとっても、国が違えば税制も大きく異なります。
また各国の状況の変化により、税制は大きく変わります。
海外進出や、海外取引を行う上では、各国の税務情報をタイムリーに収集することが、非常に重要であることがお分かりいただけると思います。